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 その日の夕方すこし前、私はJR大井町駅に降り立った。空はどんよりと暗く、それはまるで、今後の出来事を映し出しているようでもあった。
 冬。道行く人々はみな前かがみで、家路または行くべきところへ急いでいる。 約束の時間には、まだ、だいぶある。私は中央改札口正面に見える駅ビル「アトレ大井町」を見ながら左に。OIOIに入っているスターバックスへ足を向けた。





 大井町駅はJR品川駅から京浜東北線で一駅。他の路線は東急大井町線、りんかい線などがある。JRは京浜東北線(水色の電車)が止まる駅であるが、正式な戸籍では東海道本線の駅となっているようだ。駅とOIOIの2階は陸橋で地続きになっている。その下、つまりOIOIの1階を出たところにはタクシープール、バスターミナルがある。そこそこの大きさの駅によく見られるつくりである。





 スターバックスの扉を開けると、ムっとする熱気を顔にあびた。なにやら商談をしているサラリーマン、デパートでの買い物帰りであろうマダム、高校生、ふつうのおじさんと様々な人種で、店内は混雑していた。とりあえず珈琲を注文する。2人以上なら、1人がまとめて注文をしてそのほかの人で席を取る、ということができるのだが。そもそも店員からしてみれば、グループで入ってきて勘定は別々など、冗談ではない。
 珈琲を受け取って周りを見渡すと、奥の4人席しか空いていない。今日はなにかあるのだろうか、それとも。席につき、フィリップ・モリスに火を点ける。店の中は相変わらずの暖房で、汗ばむほどであった。
 額から汗が流れ・・・・・・景色がゆらっ、と。


 揺れた。


 中央口から右、りんかい線への乗換口のある方面は住宅街に続いている。このJR改札階からりんかい線改札階を結ぶエスカレータは44mあり関東最長のエスカレーターとなっている。駅前には阪急や7&i(イトーヨーカドー)などがあり、その店舗は比較的大きい。特に阪急はお惣菜コーナーに力が入っており、近隣に住む奥様方の夕食の献立に多く貢献しているであろう。





 「すみません。相席、よろしいですか?」
その声で、フッと我に返るとそこには年のころは60前後、人品卑しからぬ風貌の紳士が帽子をすこし傾け微笑んでいた。
 「どうぞ」
断る理由は、ない。まして店は大変混雑しており、他に席はなさそうだった。まあ仕方ないだろう。
 「いやあ、どうも。しかし、ここは暑いですね」
と言いながら、老紳士は額の汗をぬぐった。そのハンドタオルはバーバリーだろうか、身なりも俗なところはなく、シンプルではあるがしっかりとした印象。町のお医者さんというような雰囲気だった。
 「いつもこんなに混んでるんですか?」
 「いやいや・・・そんなことは。ちょっと失礼」
と、彼はパイプを取り出し、マッチで火を点ける。またそのパイプが見事に似合っているのだ。
口からフッと煙を出しながら彼は答えた。
 「いつもは空席のほうが多いくらいでしてね。まあ今日はここにある"きゅりあん"というホールでちょっと催しがあるんですよ、落語の会がね。私も今日はそれを見に来たんですよ」
そういえば、きゅりあんビルに垂れ幕が掛かっていたのを行きがけにみたが・・・。あれは今日だったのか。
老紳士はさらに続ける。
 「ふだんは企業の集まりなんかに使っているんですがね。たまに劇団の公演やコンサートなどをやっているんですよ。赤坂のサントリーホール、東京の国際フォーラムなど、名門のホールはたくさんありますがね、地元にきゅりあんというホールがあるっていうのはうれしいことですね」
 「はぁ、そうですねぇ。私の家の近く、というほど近くでもないですが横浜にぎわい座がありますよ」
 「ほゥ、それは素晴らしいですな。あそこはほとんど落語の会ですしね」
彼は嬉々として両手をこすり合わせながら身を乗り出してきた。彼が若い頃には落語も全盛期。寄席にも幾度となく足を運んだそうだ。往年の名人も見たことがあるという。
 「ところで、今日は誰が出るんです?」
 「うん、木久蔵」
キ・ク・ゾ・~?
そのあと、木久蔵は笑点だけだとか、いやいや「彦六伝」などの地噺はかなりおもしろいとか、小朝は良い、談志はそろそろ聴いとけだとか、暑い店内でさらに熱く語り合った。
 話もひと段落ついたところで、老紳士は胸から懐中時計を取り出し
 「おや、もうこんな時間ですか。そろそろ開演ですよ」
と言った。それでは、と一緒に店の扉を開け外に出る。
とたんにピュッーという風が顔にふきつけた。私はコートの前をかき合わせながら彼のほうを向いた。
 「外はやっぱり寒いですね。こんな日は"二番煎じ"なんかいいですね」
 「私は"芝浜"といきますか。会場が暑すぎないことを願いますよ」
私たちは同じ経験をしたもの同士の笑みを交わした。
すこし前まで額に浮かんでいた汗はすっかりと乾き、その痕が風にふかれ、冷たく感じた。
 「それでは楽しんでいってください」
 「あなたもお帰りはお気をつけて」
軽い会釈をして別れる。私は横浜の我が家に帰るため、いい心持ちで京浜東北線(大船方面行き)へ乗り込んだ。

 やはり電車の中も暑すぎる。たちまち額には汗が戻る。まえに流れた痕を、次の者が徐々に、埋めてゆく。
なにか忘れているような気がする。遠い昔に、なにかを。
そもそも、なぜ大井町にいたのか。なぜ・・・・・・。
ふと、頭になにか感じる。が、それは微塵。
たちまち手の届かないところに、深く、消える。
汗が頬を流れる。そして、視界が。

揺れた。
※この物語は駅また駅周辺の描写以外、大部分がフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

おまけショット:マクドナルドのおじさん




おじさん邪魔で、並んで座れないし、真ん中に座れないし、子供は寄ってくるし。子供はおじさんのひざの上に座りたがるようです。
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コメント
この記事へのコメント
くそっ、だまされた!!
真剣に最後まで呼んでしまったじゃないか!!
でもよく書けてるねぇ、小説ぽくっておもしろい。師匠の文章力には頭が下がる思いであります。
ところで○喜駅は最終回ですか?
2005/12/04(日) 21:56 | URL | はじめ #-[ 編集]
>>はじめさん
真剣に最後まで読んでくれてありがとう。
今回は小説風味です。
○喜駅はそのうちやります。
最終回とかは特に考えてないなあ。
半月に1個ペースだし。
あまり書く分量のない駅も出していく予定です。
2005/12/04(日) 23:41 | URL | 帽子空間 #-[ 編集]
こんにちは。
今日はシリアスな作風ですねえ。

TIMの人文字ネタで「女」ってあったようななかったような、そんなポーズのドナルドにも笑えました。
しかし態度でかいなドナルド。
2005/12/06(火) 04:33 | URL | ワイノジー #-[ 編集]
文章もそうですが頭の中にすっと入り込んでくる情景に魅せられてしまった(笑)。
2005/12/06(火) 22:23 | URL | 2005/12/06 22:23 #-[ 編集]
>>ワイノジーさん
このドナルドは両端に子供が座ってくれることを期待しているんですかね。
そんな場面は見たことないですが。

>>2005/12/06 22:23さん
8分目あたりで、もう書くことに飽きているのが見受けられます(笑)
しかしいつもなんで名前が時間なんだ?
2005/12/06(火) 22:44 | URL | 帽子空間 #-[ 編集]
嘘です。共通するのは『バーバリ』のハンドタオルと落語好きだけです。

佳品です、楽しませていただきました。
抑え目な描写に舌を巻きました(小憎らしい)。
2005/12/22(木) 22:52 | URL | 久蔵 #-[ 編集]
バーバリーのハンドタオル、共通してましたか
それは結構でかいですねぇ(笑)
意識していませんけどね。
2005/12/25(日) 23:38 | URL | 帽子空間 #-[ 編集]
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